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2006年04月14日

ザ・ボディショップが教えてくれたもの 「ステイクホルダー・コミュニケーション」 LOHAS企業の紹介 その3

ザ・ボディショップは1976年、英国の女性アニータ・ロディックがオープンした手作りの
自然化粧品店が始まりました。今では世界53か国、2,019店舗(2006年1月末)にまで広がり、
私たちに”企業は利潤を追求すると同時に社会を変革する役割を担うことができる”
ことを教えてくれました。

アニータ・ロディックはポール・レイ博士の著書『カルチュアル・クリエイティブス』の中で
カルチュアル・クリエイティブな著名人、ビジネス人の例として挙げられています。

そして、ザ・ボディショップは今年3月、ロレアルグループに売却されました。
一方で、新しいLOHASビジネスは次々とつぼみを大きくし花を開き始めています。

ザ・ボディショップが私たちに教えてくれたことについて、私が日本のザ・ボディショップに
在籍していた当時のレポートや記録から振り返ってみたいと思います。

1998年に広報学会誌に寄稿した論文です。(長文です)
日本でも導入が行われるようになったCSRについて、当時のボディショップ等の
事例をもとに、ステイクホルダーとのコミュニケーション、広報セクションに期待される役割
について論じています。

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ステイクホルダーとの対話を通じて公益の増進をめざす
―コミュニケーション(広報)活動の役割―

1.企業は社会的・政治的存在

 企業の社会的責任については、これまでも多くの議論がなされてきたが、
私は企業は単なる法的・経済的実体を超えた社会的・政治的実体であると考えている。
しかしながら現実には、特に第二次世界大戦後は、企業は社会的側面を軽視し、
所有者もしくは株主の利益の最大化をもっぱら目的として走ってきた。
しかし米国でのいくつかの裁判を通じ、企業が株主と所有者だけの利益を最大化するものであるという
経済的存在から、一歩踏み出した存在―ステイクホルダー(利害関係者)との相互関係により、
その便益を向上させる―であるということが認められるようになってきた。

 ステイクホルダーとは、組織の行動や活動によって影響をうける、あるいはそれに影響を与えることの
できるグループまたは個人をさすといわれているが、デビッド・ウィーラー(ザ・ボディショップ・
インターナショナル社 倫理監査部長)の著書「ステイクホルダー・コーポレーション」によれば、
それには3つの段階があるという。
第一次のステイクホルダーとしては、株主(投資家)、従業員、顧客、取引先および、取引をしている
あるいは事業所のある地域社会が該当する。
第二次のステイクホルダーとしては、規制機関、行政機関、圧力団体、メディア、学術関係者など
有識者、競合他社などが含まれる。
さらに第三次のステイクホルダーとして、自然環境、動植物などヒト以外の生物、そして次世代の人々が
含まれる。(なお、この第三次のグループを代弁しているのが環境保護団体や動物保護団体である。)

*1
企業へのステイクホルダーからの期待は、ラルフ・エステスの「企業の社会会計」によれば、
「会社の仕事は、信頼に足る、安全な高品質の製品を生産することを通じて社会に役立つことである。
われわれは、会社が―公害を生じさせないこと、差別をしないこと、危険な労働条件を押しつけないこと
―これらの点に考慮を払いながら、善良な市民になることを、期待している。
のみならずまた、会社の保有している巨大な経済力の幾分かを社会的プログラムに捧げるべきであ*2」
に要約されていると思う。
すなわち、企業の社会的責任とは、法規制のみならず自主的な基準をもって社会・環境に負荷をできる
かぎり減らすとともに、社会問題の改善に取り組むことと解釈できると考える。

*1 D. Wheeler 「Stakeholder Corporation」 1997
*2 Ralph W. Estes “Corporate Social Accounting” John Wiley and Sons, Inc., 1976
「企業の社会会計」ラルフ・W・エステス著 名東孝二 監訳、青柳清 訳(中央経済社 昭和54年)


2.事業の社会的負荷の削減から社会問題の改善へ

 さて、企業はこのようなステイクホルダーと関係しながら利益を上げる一方で、事業を通じて、
あるいはステイクホルダーの参加を得て行う社会貢献活動を通じて、社会問題の改善にその力を
発揮するようになっていく。そうした面での業績、すなわち社会的業績(social performance)が
いかに上がっているかを把握し、第三者による監査を受け、公表することが求められるようになってくる。

1990年代に入ってからの具体的事例として、英国のフェア・トレードを行っているトレイドクラフト社
(Traidcraft plc,)の例がある。1991年、非営利の研究機関である新経済財団(NEF)と、社会監査に
関するよりシステマチックな方法論を開発するために共同研究を行なった。監査手法は、組織の主要な
ステイクホルダーとの協議プロセスを含んでいるところから“ステイクホルダー・アプローチ”と呼ばれ、
地域に密着した参加型のリサーチと、組織によって作成された文書情報の測定によっている。
トレイドクラフト社は、何種類かの報告書を公表しており、その取り組みは、社会監査の先進的な事例と
して認められている。

 また、米国の大手アイスクリーム製造会社であるベン&ジェリー社も、主要なステイクホルダーに
対する企業活動の社会的な影響を描き出そうとしている。ステイクホルダーとの協議、外部監査が
含まれている。ベン&ジェリー社のアプローチの特筆すべき特徴は、企業の社会的責任について
支持する有識者を招き、彼または彼女が重要と見なす会社の活動のいかなる側面をも探求することに
毎年時間を費やしてもらうことである。基本的な考えは、企業の内部記録に自由に接することができ、
自由にステイクホルダーと協議の場を持つこともできる。このプロセスにのっとって、その個人が
個人的な評価または“社会活動報告(social statement)”を書くというものだ。


3.ザ・ボディショップの社会監査

(1)ザ・ボディショップの理念と社会変革キャンペーン

 筆者が所属するザ・ボディショップはスキンケア製品、化粧品の製造・販売を行う会社であり
英国に本社があり、47か国に約1,600店を展開するマルチローカルビジネスである。
その多くがフランチャイズで展開されており、(株)イオンフォレストは日本のヘッドフランチャイジーとして
約120店を展開している。アニータ・ロディック(現会長)によって創業された同社は、その理念や価値観
に基づいて事業や活動を行っている。その理念は、ミッション・ステートメントとして「社会と環境の変革を
追求し、事業を行うこと」と謳われており、コアとなる価値観として人権擁護・環境保護・動物保護を掲げている。

 ザ・ボディショップは、どのような側面と分野で社会的業績をあげようとしているのか。
ミッションステートメントは要約すれば、ステイクホルダーの経済的ニーズと人間としてのニーズのバランス
(利潤の配分と社会的業績による満足度のバランス)、持続可能なビジネスの追求、事業を行っている
地域や国際社会への意義のある貢献、環境保護・人権擁護・動物保護に関するキャンペーンの実施
などである。3つの価値観とは、環境保護、人権擁護、動物保護である。

 アニータ・ロディックは、「ビジネスは隠れた悪を割けるだけでなく、積極的に善いことを行わなければな
りません。来る10年のうちに、ビジネスというものが、個人の欲望に応えるものではなく、多くの人々の、
公共の良いことのために存在しているんだということになっていければ、将来は相当期待が持てると思い
ます。*3」と発言している。

 世界各国のザ・ボディショップでは年に1~2回、社会の問題を取り上げ、その改善を目指して行動する
“社会変革キャンペーン”というものを行っている。「人権擁護キャンペーン」、
「もうゴミはいらないキャンペーン」「化粧品の動物実験反対キャンペーン」という具合である。
お客さま(消費者)にその問題に関する最新の情報を提供し、キャンペーンへの参加を呼びかけ
行動を促している。
なぜならば、ザ・ボディショップは消費者(市民)一人一人が、社会を変える力を持っていると信じており、
その力を行使することを促しているというわけだ。

*3 「特集 企業の社会的責任」 「TheGrapevine」 1996January 株式会社イオンフォレスト


(2) 社会監査の概要

現在、ザ・ボディショップ・インターナショナル社(英国本社)が採用している社会監査の枠組は、
1992年の環境監査報告書の公表から始まった。そして94年からはさらに価値観の実践としての
取り組みの業績(すなわち社会的業績)を包括的に測定するための監査方法の開発に着手した。
社会的業績をステイクホルダーに対するアンケート調査とグループインタビューによって測定し、
結果は4冊からなる「バリューズレポート95」(Values Report 95)と要約版である「
ザ・ボディショップのアジェンダ」(Our Agenda)というタイトルの報告書で公表した。

社会監査の測定方法の手順は以下の通りであり、環境監査の手順と似ている。

 1.方針の再確認:「ミッション・ステートメント」「取引憲章」

 2.監査範囲の決定:企業に影響を受けるあるいは与える可能性のあるステイクホルダーに限定。
  できるだけ広範囲にわたって調査しているが、英国本社のステイクホルダーを中心としている。
  海外フランチャイジーのステイクホルダーは各国が独自で監査を行なう時に対象とする。

 3.監査および効果測定指標の合意:
  1)ベンチマークに対する成果。量的・質的な測定。社内の関連部署と覚書による基準の合意。
   各部でデータを集め、監査プロセスにかける。
   方針もしくは特定の活動に限定したチェックリストの開発。
  2)3つの価値観に関する成果についてのステイクホルダーの認識、組織の表明された価値観と
   実際の社会的業績の関係についてステイクホルダー・グループごとに評価を調査する。
  3)ステイクホルダー・グループごとに特有のニーズへの対応への評価

 4.ステイクホルダーとの協議:ステイクホルダー・グループごとにグループインタビューによる対話を実施。
  監査人はディスカッションが公平に行われるようオブザーバー参加。

 5.ステイクホルダー調査:グループインタビューから抽出された顕著もしくは特別な関心事項を中心に
  アンケート調査の質問項目を設定。調査票には自由解答欄も付加。適正なサンプルサイズの決定。
  外部機関による調査票の回収・分析。

 6.内部監査:次の3つの情報についての内部監査を実施
  1)グループインタビューおよびアンケート調査の結果
  2)各部からの基準に適った記録された情報
  3)スタッフおよびマネージャーとの内々のインタビュー

 7.報告書の準備・内部報告書の作成。
   統計数値を詰め込まず簡潔で読みやすい報告書になるよう配慮する。
   ステイクホルダーの発言を引用し生き生きとした内容にする。ステイクホルダーとの関係を促進し、
   出された課題に対する今後の対応の見通しを記述。創業者による感想と所信の表明。

 8.戦略的および局部的目標の合意:内部の討議により目標を設定し取締役会で合意。  
   全体の目標およびステイクホルダーごとの目標を設定。

 9.監査:社会監査は人間関係の審査を目指しているので、ステイクホルダーからの意見聴取の
   プロセス自体の公平性を立証するためにも、監査人は最初から最後まで立ち会うことが必要

 10.報告書の公表:社会監査報告書は組織の社会への影響について公平に真実の状態を描かなければならない。

 11.対話:公表した結果に対してステイクホルダーからフィードバックを得、直接の関連部署と意見交換する。
  これにより今後の監査手法を改善し、取り組むべき課題の優先順位を決める。

評価分野と対象者は次の通りである。
 ・従業員に対しては、社会変革理念と実績の評価、働きやすさ、収益の配分、キャリア開発など。
 ・フランチャイジーに対しては、社会変革理念と実績の評価、理念の実践、コミュニケーションなど
 ・顧客に対しては、動物を使わないザ・ボディショップの実験方針についての信頼、
  ザ・ボディショップ・ブランドへの認識など
 ・株主に対しては、株価への評価、会社の価値観への賛同など
 ・仕入先に対しては、環境負荷の低減、取引条件の公平さ、動物によらないテスト方針についての
  明確で効率的な説明など
 ・支援を必要としているコミュニティに対してはその取引に対する評価
 ・ザ・ボディショップ財団に対して助成プログラムの評価、支援決定プロセスの明瞭性など
 ・地域社会に対して、コミュニティ・ボランティア活動への評価、地域社会と本社の関りなど


4.社会的業績をあげることを職務とするコミュニケーション部

 社会監査の概念、ザ・ボディショップの事例についてやや詳しく述べたが、ステイクホルダーとの対話と
その参加によって社会問題の改善(公益の増進)を図るために活動するのがザ・ボディショップに
おけるコミュニケーション部の役割である。
すなわち、コミュニケーション部の役割は、ステイクホルダーとのリレーションを図り、相互関係を築き、
社会問題を改善する行動を行い成果をあげていくということになる。商品の広報(PR)を行う場合でも、
価値観との関連を忘れずに訴求する。

 企業における広報セクションの主な役割(職務)は、自社の商品、事業成果について消費者、株主、
取引先、従業員そして社会に知らせ、良い関係を築いていくものだと思うが、企業の社会における
役割が変化している―社会的責任を果たし、その成果を公表する―中で、広報セクションの役割も
変化してくものだと思う。これまでステイクホルダーは、それぞれの利益を最優先することを求めてきたが、
公益の増進という共通の目標を掲げることはできないだろうか。
企業(広報セクション)はそれぞれのステイクホルダーとの対話を通じて最適バランスの地点を見出し、
公益の増進のための具体的プログラムを提示し、彼らに参加を求め共に歩を進めていくという方向性
である。

(1998.4.3)

Writing: owadajunko

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